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原作者 W.B.イェイツについて
アイルランドの妖精譚に馴れ親しみ、神秘主義に傾倒し、
日本の「能」に辿り着いた、ノーベル文学賞受賞の世界的詩人、劇作家
にっぽんの詩人ならざるイエーツは涸井に一羽の鷹を栖ましめぬ
大き鷹井戸出でしときイエーツよ鷹の羽は古き井戸を蔽ひしや
葛原妙子(歌集『鷹の井戸』より)
ウィリアム・バトラー・イェイツ William Butler Yeats(1865-1939)
アイルランドの詩人、劇作家。1923年ノーベル文学賞受賞。第一詩集『アシーンの放浪』The Wanderings of Oisin, and Other Poems(1889)や詩劇『キャスリーン伯爵夫人』The Countess Cathleen(1892)は伝説から取材した夢幻の境に憧れるロマンチックな作品であり,神秘への志向を秘めている。やがて祖国アイルランドの独立運動に参加し、アイルランド文芸協会をロンドンに設立(1891)、さらにイザベラ・オーガスタ・グレゴリー夫人(Lady Isabella Augusta Gregory 1852 - 1932)と協力してダブリンにアイルランド文芸座を組織し、アビー劇場建設への道を開いた。
●「異界」との出会い
イェイツの幼少時、一家はロンドンに移りましたが、母の郷里スライゴーに帰ることも多く、幼時からアイルランド北西海岸の風景や、農民の語る妖精譚に慣れ親しみました。1889年に第一詩集『アシーンの放浪ほかの詩』を発表、ケルト人の英雄アシーンが妖精の案内で魔法の島々をめぐる幻想的な物語詩や、哀愁に満ちた繊細な叙情詩で注目されます。のちに能の「幽玄」にケルトと同じ思想を見つけ、新たな詩劇を目指して行くことになります。
●イェイツと「運命の女性」
『アシーンの放浪』を発表した同時期、アイルランド独立のために戦う「アイルランドのジャンヌ・ダルク」と呼ばれた美女モード・ゴン (Maud Gonne 1866 - 1953)と運命的な出会いをします。イェイツは初めての出会いでモードに強く心を奪われ、それから30年もの間繰り返し求婚し続けては無惨にも拒否され続け、挙げ句の果てにはモードの養女にまで求婚しそれも断られてしまいます。このモードに対する強い執着心は、彼の詩作の源泉にもなっており、『鷹の井戸』でも水を求め続けても得られないことへの嘆きや鷹姫の存在にモードへの想いが反映されているとする指摘もあるます。なお、『鷹の井戸』を書き上げた翌1917年、イェイツはモードへの想いを断ち切って30歳近く年下の女性と結婚しています。
●神秘主義とケルト復興
1890年、イェイツはイギリスで創設された隠秘学結社である「黄金の夜明け団」に入会して、カバラの教義、占星術、降霊術の研究に熱中しました。そこから現実の社会に背を向け、神話と魔術と夢の領域に詩の主題を求める、神秘主義的で芸術至上主義的な傾向が強まっていくことになります。さらに1891年に「アイルランド文芸協会」の設立に協力して、民族文学普及の実践運動に乗り出し、『ケルトの薄明』(1893)ほかで民話を収集し紹介。1899年にはグレゴリー夫人らと「アイルランド文芸劇場」を設立、さらに1904年に「アビー劇場」を新設し、アイルランド文芸復興の黄金時代を築きました。
●イェイツと能
これまでの異界との交流、神秘主義、ケルト復興、そして女性への情念などを新しい詩劇として成立させようと奮闘していたとき、エズラ・パウンドを通じてアーネスト・フェノロサ訳の能を知り、能の「異界」との繋がりを用いた様式的な表現に強い影響を受けます。その影響を受けた最初の作品として、1916年に『鷹の井戸』が執筆されました。イェイツは『鷹の井戸』から、晩年の『クーフリンの死』(1945初演)まで、15編の劇を書きましたが、大衆の理解はなかなか得られませんでした。しかし、こういった詩作への変化がT.S.エリオットやモダニズム以降の詩人達に大きな影響を与えました。
イェイツはフェノロサの訳の中でも、特に『錦木』に強い影響を受けたと言われています。実際、イェイツの作品の中でも『錦木』の影響が顕著と言われる詩劇『骨の夢』はもっとも能に近づいた作品と言われています。また、『鷹の井戸』は聖なる水をめぐる劇作であることから世阿弥作の能『養老』と、『エマーのただ一度の嫉妬』は女性の嫉妬と悪霊が取り憑くという内容から『葵上』と比較されることもあります。
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