文・写真=松山晋也(音楽評論家)
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先日、通算5度目の来日ツアーをおこなったデンマークの伝統音楽系アコースティック・トリオ、ドリーマーズ・サーカス。10月25日、渋谷区文化総合センター大和田・伝承ホールでの公演を観た。そのパフォーマンスをひとことで言えば、“自分たちのアイデンティティを改めてはっきりと表明したもの”だった。
デンマーク弦楽四重奏団を率いてクラシック・ヴァイオリニストとしても活躍するルネ・トンスゴー・ソレンセン、北欧伝統音楽全般を知悉し、シターン他様々な楽器を巧みに操るアレ・カー、ジャズにも精通し作曲家としての評価も高いアコーディオン/ピアノ担当のニコライ・ブスク。自分たちを育んでくれた音楽、日々親しみ吸収してきた音楽を3人で練り上げ、昇華させ、今現在の音として鳴らすモダン・アート集団としての矜持がどの演奏にも満ち溢れているのだ。
全体の基調になっているのはもちろんデンマークやスウェーデンなど北欧の伝統音楽だ。最新アルバム『Handed On』に収録された2曲「ウルブランドの小屋」「トレトゥール」を含む3連曲が描き出すのは北欧の村祭りでの躍動的なダンスの情景だし、デンマークのトラッド・チューンを滋味たっぷりに繰り広げる「ロスキレへの道」~「カロンボー旅行」連曲では北欧伝統音楽の訛りと粋をこれでもかと味わわせてくれる。あるいは「ラース・ペンのマーチ」~「リンダールのマズルカ」の連曲は、アレがシターンから持ち替えたクロッグ・フィドル(木靴に弦を張ったオランダ由来の伝統的フィドル)で弾きまくるスウェーデンの土臭いトラッドである。
一方、後期ロマン派的憂愁を湛えたルネのヴァイオリン・ソロでスタートするオープニング曲「タリラス・ワルツ」はそのままミニマル・ミュージック風アンサンブル「ブリッジ・オブ・ティアーズ」に展開してゆくのだが、底流には一貫して伝統音楽の香りが揺らいでいる。2曲目「フォーシーン」で使われるシンセサイザーによる霧のような電子音も効果的だ。ルネのデンマーク弦楽四重奏団の最新作『Keel Road』のためにアレが書き下ろした「ストームポルスカン」はベートーヴェンの室内楽を思わせる重厚さとパッションに貫かれたヴァイタルなポルカ。そして「Magister Mortensen」以下3曲が連なる本プログラム最終曲は、ショスタコーヴィチなど20世紀前衛クラシックの香りも濃厚な複雑な大曲である。
その他、ドリーマーズ・サーカスのファンを公言する宮崎駿に捧げられた愛らしい佳曲「ワルツ・フォー・ミヤザキ」や、ゲーム音楽家・光田康典の手になる「テルミナ・アナザー」など、日本の観客を意識した演目も良かったが、ハイライトはなんと言ってもアンコール最後を締めた「プレリュード・トゥ・ザ・サン」だろう。バッハの「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番」をモティーフにしたこれは、クラシックとトラッド・フォークを高次に掛け合わせる彼らにしかできない大名曲。この日は途中で「となりのトトロ」のメロディを挿入する小技も披露した。かつて私とのインタヴューでニコライは「トラッド・フォークでは、どうしてもっとクリエイティヴなアレンジが生まれないんだろう」と語り、ルネは「構成のダイナミクスとか、音の強弱、色どり、ストーリー性などを駆使していかに語るかという点で、クラシックの作曲家たちからはたくさん学んでいる」と言っていたが、そういった彼らの思いやプライドが結実した代表例が、まさにこの曲だと思う。観客の拍手や歓声がひときわラウドだったのも当然である。私は行けなかったのだが、翌26日の所沢市民文化センターミューズでの最終公演では、事前に録音しておいた語り(ルネのルーツであるフェロー諸島の詩人の作品を日本語にしたもの)を取り込んだ演劇的な曲も披露したという。彼らの貪欲なクリエイティヴィティに際限はない。早くも次の日本公演が楽しみである。
追記:
10月21日におこなわれた歓迎パーティの一夜も忘れ難い。これは、ケルト音楽を得意とする日本のアコースティック・トリオ、トリコロールの他、ニッケルハルパ奏者などヨーロッパ伝統音楽愛好者たち20人ほどを交えての内輪のパーティだったのだが、ケルト~北欧のトラッド・フォークが次から次へと誰からともなく奏でられ、そこにドリーマーズ・サーカスの3人が嬉々として加わってゆく情景は、まことに感動的。上手いかどうかではなく、呼吸するように皆が音を奏で、一丸となって作り上げてゆくハーモニーの美しさを前に、音楽の原点に触れた思いだった。
デンマーク弦楽四重奏団を率いてクラシック・ヴァイオリニストとしても活躍するルネ・トンスゴー・ソレンセン、北欧伝統音楽全般を知悉し、シターン他様々な楽器を巧みに操るアレ・カー、ジャズにも精通し作曲家としての評価も高いアコーディオン/ピアノ担当のニコライ・ブスク。自分たちを育んでくれた音楽、日々親しみ吸収してきた音楽を3人で練り上げ、昇華させ、今現在の音として鳴らすモダン・アート集団としての矜持がどの演奏にも満ち溢れているのだ。
全体の基調になっているのはもちろんデンマークやスウェーデンなど北欧の伝統音楽だ。最新アルバム『Handed On』に収録された2曲「ウルブランドの小屋」「トレトゥール」を含む3連曲が描き出すのは北欧の村祭りでの躍動的なダンスの情景だし、デンマークのトラッド・チューンを滋味たっぷりに繰り広げる「ロスキレへの道」~「カロンボー旅行」連曲では北欧伝統音楽の訛りと粋をこれでもかと味わわせてくれる。あるいは「ラース・ペンのマーチ」~「リンダールのマズルカ」の連曲は、アレがシターンから持ち替えたクロッグ・フィドル(木靴に弦を張ったオランダ由来の伝統的フィドル)で弾きまくるスウェーデンの土臭いトラッドである。
一方、後期ロマン派的憂愁を湛えたルネのヴァイオリン・ソロでスタートするオープニング曲「タリラス・ワルツ」はそのままミニマル・ミュージック風アンサンブル「ブリッジ・オブ・ティアーズ」に展開してゆくのだが、底流には一貫して伝統音楽の香りが揺らいでいる。2曲目「フォーシーン」で使われるシンセサイザーによる霧のような電子音も効果的だ。ルネのデンマーク弦楽四重奏団の最新作『Keel Road』のためにアレが書き下ろした「ストームポルスカン」はベートーヴェンの室内楽を思わせる重厚さとパッションに貫かれたヴァイタルなポルカ。そして「Magister Mortensen」以下3曲が連なる本プログラム最終曲は、ショスタコーヴィチなど20世紀前衛クラシックの香りも濃厚な複雑な大曲である。
その他、ドリーマーズ・サーカスのファンを公言する宮崎駿に捧げられた愛らしい佳曲「ワルツ・フォー・ミヤザキ」や、ゲーム音楽家・光田康典の手になる「テルミナ・アナザー」など、日本の観客を意識した演目も良かったが、ハイライトはなんと言ってもアンコール最後を締めた「プレリュード・トゥ・ザ・サン」だろう。バッハの「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番」をモティーフにしたこれは、クラシックとトラッド・フォークを高次に掛け合わせる彼らにしかできない大名曲。この日は途中で「となりのトトロ」のメロディを挿入する小技も披露した。かつて私とのインタヴューでニコライは「トラッド・フォークでは、どうしてもっとクリエイティヴなアレンジが生まれないんだろう」と語り、ルネは「構成のダイナミクスとか、音の強弱、色どり、ストーリー性などを駆使していかに語るかという点で、クラシックの作曲家たちからはたくさん学んでいる」と言っていたが、そういった彼らの思いやプライドが結実した代表例が、まさにこの曲だと思う。観客の拍手や歓声がひときわラウドだったのも当然である。私は行けなかったのだが、翌26日の所沢市民文化センターミューズでの最終公演では、事前に録音しておいた語り(ルネのルーツであるフェロー諸島の詩人の作品を日本語にしたもの)を取り込んだ演劇的な曲も披露したという。彼らの貪欲なクリエイティヴィティに際限はない。早くも次の日本公演が楽しみである。
追記:
10月21日におこなわれた歓迎パーティの一夜も忘れ難い。これは、ケルト音楽を得意とする日本のアコースティック・トリオ、トリコロールの他、ニッケルハルパ奏者などヨーロッパ伝統音楽愛好者たち20人ほどを交えての内輪のパーティだったのだが、ケルト~北欧のトラッド・フォークが次から次へと誰からともなく奏でられ、そこにドリーマーズ・サーカスの3人が嬉々として加わってゆく情景は、まことに感動的。上手いかどうかではなく、呼吸するように皆が音を奏で、一丸となって作り上げてゆくハーモニーの美しさを前に、音楽の原点に触れた思いだった。
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2024年10月21日
ウェルカム・パーティ
ウェルカム・パーティ
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2024.10.29 掲載
企画・制作・招聘:プランクトン
後援:デンマーク王国大使館
後援:デンマーク王国大使館
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