サザンソウルの重鎮ソロモン・バークの復帰作『Don't give up on me』(2002)で見せたルーツ・ミュージックへの深い造詣とクールな愛情。プロデューサーとしてのジョー・ヘンリーの手腕とセンスは、グラミー賞受賞というオマケを伴って、この作品によって衆目の知られるところとなった。次いで、アニ・ディフランコ《『Knuckle Down』(2004)》、エイミー・マン《『The Forgotten Arm』(2005)》といった実力派アーティストが彼の助力を求めたのを皮切りに、ラウドン・ウェインライト3世《『Strange Weirdos』(2007)》、ロドニー・クロウェル《『Sex and Gasoline』(2008)》といったフォーク、カントリーのベテランが、さらにエルヴィス・コステロ《『The River In Reverse』(2006)』、アラン・トゥーサン《『The Bright Mississippi』(2009)》、ランブリン・ジャック・エリオット《『A Stranger Here』(2009)》といったレジェンドが、続々と彼のもとで制作を行なうこととなる。奇をてらうことのないシンプルな音づくりに徹しながら、音楽の奥行きと豊饒を十全に引き出す才覚において、プロデューサーとしてのジョー・ヘンリーは今や、ダニエル・ラノワ、T・ボーン・バーネットにさえ肩を並べる存在となっている。アメリカの音楽シーンが、いま最も信頼するひとりなのだ。
が、それは肩書きのほんの半分でしかない。
ここからが、本題だ。が、その前に余談を。
ジョー・ヘンリーは1987年にメラニー・チッコーネという女性と結婚している。この女性、なんとあのマドンナの妹なのだ。世界のポップスターの義理の弟という数奇な縁から、音楽的にもジョー・ヘンリーとマドンナは近しい関係にある。マドンナはジョー・ヘンリーの楽曲「Stop」(『Scar』収録)をモディファイし、「Don't Tell Me」として2000年のアルバム『MUSIC』に収録し、車椅子の天才S.S.W.ヴィック・チェスナットへのトリビュート・アルバム『Sweet Relief II: Gravity of the Situation』でふたりはデュエットを披露している。また、マドンナの「Jump」(『Confessions on a Dance Floor』収録)、「Devil Wouldn't Recognize You」(『Hard Candy』収録)など、楽曲の共作も継続的に行なわれているのはルーツ・ミュージックの巨匠の知られざる一面として記憶にとどめておいていただきたいところだ。
さて。シンガー・ソングライターとしてのジョー・ヘンリーについてだ。デビューは1986年にまで遡る。通好みのサウンドと諧謔に満ちた詩世界は一部で評価されたものの、その存在が広く知れわたるにはいたらなかった。90年代にはオルタナ・カントリーに括られることもあり、事実、90年代初頭のアルバムでは当時ウィルコと並ぶシーンの雄であったジェイホークスの面々とともに制作を行なっている。ヘンリーにとって飛躍となったのは、そのアルバム・タイトルが示す通り、1996年の『Trampoline』だった。グランジ/オルタナ・シーンにおける孤高のバンド、ヘルメットからギタリストのペイジ・ハミルトンを起用し、大胆なサウンド・プロダクションを披露した本作で、ヘンリーは単なるシンガー・ソングライターという存在を超えたユニークな音楽性を知らしめたのだった。その後、トリップ・ホップを思わせるダークなグルーヴを採用した『Fuse』(1999)、さらに、オーネット・コールマンをはじめブラッド・メルドー、ブライアン・ブレイド、マーク・リボーなどジャズ・シーンのビッグネームを従え、ハードボイルドな歌世界を披露した『Scar』(2001)によって、音楽家としての評価を決定的なものにした。独自のヴィジョンをもった、無二の音楽家。ジョー・ヘンリーはもはや単なるシンガーソングライターではない。その後も、トム・ウェイツにも似たシュールな世界が展開される『Tiny Voices』(2003)、ビル・フリゼールやヴァン・ダイク・パークスを迎えてアメリカの郷愁を描きだした『Civilians』(2005)など、コンスタントに重要作を送りだしている。そして最新作『Blood From Stars』では、ジョー・ヘンリーなりのブルーズを歌い上げる。なみいるレジェンドたちとの仕事を通じて得たと思われる深い洞察、音楽観が消化/昇華された傑作は、25年にわたるキャリアのひとつの到達点といえるものとなった。
そのアルバムを携えての初来日である。キーボーディスト、ベーシストを従えたトリオ編成だが、youtubeなどで見た限りでは、生々しくも深い声、サウンドには、CDでの精緻にコントロールされた音とは異なるライブならではのざらついた魅力がある。想像以上に骨太なパフォーマーであることは間違いないようだ。
来日公演に同行するベースには、マデリン・ペルー『Careless Love』、ジョン・レジェンド『Once Again』、インディア・アリー『Testimony: Vol. 1, Life & Relationship』から、ナールズ・バークレイ『St.Elsewhere』まで数多くの作品に参戦したジョー・ヘンリー・プロダクションの常連デイヴィッド・ピルチ。そして、キーボードには、同じくヘンリー組の常連にして、ボブ・ディラン『Christmas In The Heart』やトム・ウェイツ『Glitter And Doom Live』、ブルース・スプリングスティーン『Magic』、リズ・ライト『The Orchid』との共演のほか、映画『ブギーナイツ』『サンシャイン・クリーニング』の音楽なども手がけるLAの音楽シーンにおけるキーパーソン、パトリック・ウォレンを帯同。酸いも甘いかみ分けた歴戦のツワモノによるタイトかつソリッドな職人芸からも目が離せなくなりそうだ。
text by Kei wakabayashi