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いったいモリアーティって何もの?

揺るがせない事実:彼らは正体を煙に巻くプロである。唯一確かなのは、歌姫1人に男兄弟4人からなる5人組だということ。

そして忘れてはならないのがジルベール。一見、剥製の動物の頭にしか見えないが、実はバンドの秘密メンバーである。陰で糸を引いているのは彼だという噂もある。

メンバーは全員、自らモリアーティランドと命名した土地に住まいをさだめ、風変わりなキャラを創出しては育んでいる。

もともと彼らがどこから来たかは不明である。前世紀末あたりに当地にたどりつき、以来住み着いたと言われている。

英語で歌っているところをみると、おそらくはメンバーにアメリカ出身の人間がいると思われる・・・。

で、彼らの音楽ってどうよ?

美しい物語が例外なくそうであるように、モリアーティの音楽もまた度重なる偶然と運命のいたずらから生まれた。

そのことは、床のきしむ古びたフォークキャバレーから抜け出たような音楽を耳にすれば想像に難くない。往時の香りを漂わせた歌姫の力強く深遠なボーカルを中心に、アコースティックのごつごつと飾り気のない音色が思いがけないメロディを紡ぐ。

モリアーティの音楽は遙かなる先祖の存在に満ち満ちている。アメリカ&アイルランドフォーク、合衆国南部の片田舎のブルース、ほど良く埃をかぶったカントリー、しかもクルト・ワイルに不思議なほどよく似たドイツ人亡命者の亡霊の気配さえ感じさせる。(訳注:クルト・ワイル(1900-1950) ドイツ生まれの米国の作曲家。作品『三文オペラ』。)

何よりもモリアーティの音楽は作り話を語る。

で、ホントの話は?

たまにはホントのこともある。たとえば、19才で軍に入隊したリリーの話。これはリリーが民間人最後の晩にモリアーティに打ち明けた話がもとになっている。

たまにはまったくでたらめの話もある・・・。

大恐慌時の写真上で強烈な視線を投げかける人々や、ルイス・キャロルのカメラに収まる可憐なヒロインを思わせる人物が登場する歌は、さながら短編小説や短編映画のようである。

具体的にいうとモリアーティってどんな感じ?

ステージに立つ小楽団というのがイメージとしては近い。場所は深夜の森、古びたホテル、廃墟と化した古城でもよい。

歌姫と4人の兄弟は、古い事務机と屏風の間に突き立てられた唯一のマイクの周りに集まる。

彼らは、永遠不変のエレガンスとある種のステージ演出のセンスを磨く。観客を時間の流れの外へと連れ出し、彼ら自身、目を見開いたまま夢想に耽るためである。ただし観客が目をつむればの話。

モリアーティが演奏する楽器はアコースティックである。なかでも1957年製のギターは、ジョーン・バエズが所有していたものという説もある。そう、モリアーティにはこの手の人の縁が多々ある。メンバーのひとりの母親がボブ・ディランの『北国の少女』のモデルだという噂さえささやかれている。

彼らはデコボコの旅行鞄でテンポを刻む。

旅行鞄?

その通り。モリアーティには本来の機能から転用された物へのこだわりがある。彼らが好んでオブジェを物色する場所は、バンドの後見人であるジェローム・デシャンとマッシャ・マケエフ一座の倉庫である。2人は、自分たちの秘蔵っ子らが倉庫から鈴やホテルの呼び鈴を“拝借している”ことなど露も疑ってはいない。モリアーティに採集された鈴や呼び鈴は、くだんの旅行鞄やオリヴェッティの古色蒼然のタイプライター同様、本アルバムにも登場する不思議な楽器の仲間入りを果たすのである。

歌姫の声に関しては、こちらはむろん借り物ではない。彼女の声は唯一彼女だけのものである。

とどのつまり、モリアーティって何なのよ?

ある小説の逃走を続けるヒーローか。

ニューメキシコのさびれた町に自分の名前を寄贈した無名の人物か。

5月のある朝、エッフェル塔の下を飛行機でくぐり抜ける決意をしたパイロットか。

ひとつの謎か。

音楽的時代錯誤か。

はたまた、自ら選んだ祖国のことか?