読むケルト
アイルランドの代表的な文学者 ケルト・アイルランドを知る作品10選

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文学大国・アイルランド

ケルト民族は、古来より文字を持たず、口承で神話歴史などを伝え、その中で独自の文学世界を築き上げてきました。もともとゲール語という古代ケルトの言葉が使われていましたが、16世紀に入るとイギリスの支配下に入り、英語による文学が発達していきますが、ケルト神話的な幻想性や想像力、口承伝統が培った豊富な言語感覚を活かした独特の文学が生まれています。




アイルランドの代表的な文学者



ケルト文化復興の立役者

ウィリアム・バトラー・イェイツ

William Butler Yeats(1865 - 1939)

アイルランドの国民的詩人、劇作家。アイルランド各地の伝承や妖精譚などを題材とした作品でケルト文化・文芸復興を担い、アイルランドの民族演劇運動を牽引した。日本の能にも強い影響を受け、戯曲「鷹の井戸」は日本の能「鷹姫」として演じられている。 1923年ノーベル文学賞受賞。

ケルトの渦を体現する作家

ジェイムズ・ジョイス

James Joyce(1882 - 1941)

20世紀の最も重要な作家の1人と評価されるアイルランド人作家。ダブリンを舞台にした作品を多く執筆したが、その文章は非常に実験的かつ難解で、特に「意識の流れ」と呼ばれる手法を確立し、多くの小説家に多大な影響を与えた。渦巻くケルトの思想を文章で表したような文章で、その意識はまるでケルト文様のようにどこまでも広がり、壮大に輪廻する。

世紀末、耽美主義の旗手

オスカー・ワイルド

Oscar Wilde(1854 - 1900)

アイルランド出身の作家、劇作家で、児童文学としても知られている。「ドリアン・グレイの肖像」「サロメ」「幸福な王子」など、日本でもよく知られた作品を多く執筆。同性愛者であり、耽美的で退廃的な独特の美学はのちの様々なカルチャーに影響を与えている。

近代演劇の確立者

ジョージ・バーナード・ショー

George Bernard Shaw(1856 - 1950)

アイルランドの文学者兼劇作家で、イギリスやアメリカなどの英語圏で様々な功績を残した。特に近代演劇の立役者として活躍し、代表作「ピグマリオン」はミュージカル・映画「マイ・フェア・レディ」の原作として世界的に有名。 1925年ノーベル文学賞受賞。いかにもアイリッシュらしい皮肉屋で、数々の名言を生んだことでも知られる。

不条理演劇を代表する作家

サミュエル・ベケット

Samuel Beckett(1906 - 1989)

アイルランド出身のフランスの劇作家、小説家。20世紀を代表する劇作家として知られ、「不条理演劇」を確立した。とりわけ有名なのは「ゴドーを待ちながら」で、その後の演劇界に多大な影響を与えている。イェイツに続き、日本の能との類似性も指摘されている。 1969年ノーベル文学賞受賞。

現代を代表するアイルランド詩人

シェイマス・ヒーニー

Seamus Heaney(1939 - 2013)

アイルランド出身の詩人。自然や田舎の習俗から社会問題、神話や幻想など、アイルランド文学のあらゆるテーマをうたい、20世紀後半から21世紀にかけてのアイルランド詩の文化を牽引した。イェイツ以来最高の詩人と呼ばれる。 1995年ノーベル文学賞を受賞。







ケルト・アイルランドを知る作品10選


ジョナサン・スウィフト「ガリヴァー旅行記」(1726年)

有名な小人の国や巨人の国といったファンタジー冒険譚でありながら、実際は当時イギリスの搾取により貧困に喘いでいたアイルランド側からの痛烈な社会批判が込められた風刺小説。ケルト的な想像力、貧しいアイルランドならではのアイロニー、カトリック司祭であったスウィフトの宗教観など、当時のアイルランドらしさが詰まった、まさにアイルランド文学の代表的作品。宮崎駿監督によるスタジオジブリ映画「天空の城ラピュタ」の空に浮かぶ島ラピュタは、本作の第三篇のラピュータ国をモチーフとしている。また、ポータルサイト Yahoo!は、本作の第四篇(フウイヌム国渡航記)に登場する種族ヤフーに由来しているという説も。



ジェイムズ・ジョイス「ユリシーズ」(1922年)

20世紀文学の金字塔とも称される大長編小説。ストーリーはさえない中年レオポルド・ブルームや作家志望の青年スティーヴン・ディーダラスを中心にダブリンのある1日を描いているだけのものだが、その構成はホメロスの「オデュッセイア」に対応しており、さらに「意識の流れ」の技法や多種多様な文体の使用、造語を含む難解な文章といった実験的要素が多いのが特徴で、読み切るにはそれなりの根気がいるかもしれない。その縦横無尽で、現実と空想の垣根を超えて複雑に広がりゆく文章は、まるで緻密なケルト文様を文章化したようにも思える。なお、この作品で描かれた6月16日は、主人公の名をとって「ブルームズ・デー」として祝われており、毎年ファンが作品の流れを追ってダブリンの街を巡礼するのが恒例になっている。



ウィリアム・バトラー・イェイツ「ケルトの薄明」(1893)

今なおアイルランドで国民的に愛されるケルト文化復興の立役者W.B.イェイツによる、アイルランド各地の民間伝承を編纂した作品。自然信仰や妖精の存在など、キリスト教以前のケルト的な思想に根付いた伝承や伝説を、イェイツが自身の足を使って実際に見聞きして採取し、詩人としての幻想的な感性や目線を通して現代文学としてまとめあげている。アイルランドの現在のケルトのアイデンティティーの土台になった作品と言える。 日本では芥川龍之介が紹介したことでも有名。



トマス・マロリー「アーサー王物語(アーサー王の死)」(1485年)

有名なブリテンの伝説的王、アーサーと円卓の騎士たちの活躍を描いたファンタジー騎士道文学の金字塔。ヨーロッパの様々な民間伝承が混ざり合っているが、ケルト神話の影響が非常に色濃いと言われる。円卓の騎士の原型は、ケルト神話に登場するフィアナ騎士団とされており、アーサー王が死後に運ばれていく楽園アヴァロンはケルト神話のティル・ナ・ノーグが原型と言われている。また、アーサー王伝説におけるラーンスロットとアーサー王の妻グィネヴィアとの不倫ストーリーや「トリスタンとイゾルデ」の逸話も、ケルト神話における「悲しみのディアドラ」やフィアナ騎士団のディルムッドと主君の妻グラーニアの駆け落ちする伝承が起源になっており、「聖杯伝説」もケルト神話にたびたび登場する「魔法の大鍋」のモチーフがキリスト伝説と融合したものと考えられる。ケルト神話の色濃い影響を知るのにも最適な一冊。



小泉八雲「怪談」(1904年)

アイルランドのダブリンで幼少期を過ごし、ケルトの思想に傾倒していたラフカディオ・ハーンが、のちに日本に渡って妻の節子から聞いた日本各地に伝わる伝承や幽霊話を編纂し、日本の文学としてよみがえらせた作品。イェイツの「ケルトの薄明」の日本版ともいえる本作を、アイルランドゆかりのハーンが生み出したというのが興味深い。「耳なし芳一」「雪女」「ろくろ首」など今では日本人なら誰もが知る怪奇譚が収録されているが、ハーンにとっては懐かしいアイルランドの妖精伝承を彷彿させる題材であったと思われる。日本とケルトに通底する異世界への思想、目線を感じられる作品。



マーガレット・ミッチェル「風と共に去りぬ」(1936年)

舞台は南北戦争下のアメリカ南部であるが、読みようによっては19世紀末から20世紀初頭にかけて膨大にアメリカに渡っていったアイルランド移民の叙事詩とも読める。主人公の家系「オハラ O’hara」はアイルランド移民の名前で、O’brienやO’sullivanのようなO’のつく名前はアイルランド語で「~の子孫」を意味する。主人公スカーレットは生命力溢れるたくましい女性で、困難に屈しない不屈の精神力は典型的なアイルランド気質。スカーレットの故郷の農園は「タラ」という名前だが、これはアイルランド、ケルト族の聖地の名前に由来しており、有名なセリフである「タラへ帰ろう」は、故郷に戻ると同時に、アイリッシュ精神に立ち帰ろうという意味も込められていると考えられる。現在、アメリカには5000万人を超えるアイリッシュ系移民が存在し、今もアイリッシュとしてのアイデンティティーを持ち続けている。
→映画「風と共に去りぬ」



司馬遼太郎「街道をゆく 愛蘭土紀行」(1993年)

司馬遼太郎の紀行文集のアイルランド編。80年代後半、まだ今ほどアイルランドについての情報もそれほど多くない時代に、その鋭い洞察力とロマン溢れる考察力で、アイルランドの深く重層的な精神性をみずみずしく捉えた名著。その後たくさんのアイルランド解説本や紀行本が発表されているが、未だにアイルランドを知るならまずこれを読むことを勧めたい。「アイルランド人は、客観的には百敗の民である。が、主観的には不敗だとおもっている」という一文はとりわけ鋭く、アイルランドの魅力、強さ、歴史、思いがすべて詰まっているように思う。
考察している内容も、イギリスとの歴史、宗教観、スウィフトに代表される風刺性、さらにはビートルズに至るまで幅広く、多角的にアイルランドを捉えようとしている。



J.K.ローリング 「ハリー・ポッター」シリーズ(1997年~2007年)

イギリスの児童文学作品だが、映画も含め広い世代に世界中で愛されている現代ファンタジー小説。イギリスの中でも特にケルト文化が色濃く残るスコットランドのエディンバラで執筆され、作品の中に登場する登場する数々の魔法、妖精、怪物たちといったファンタジー要素もケルト伝承が下敷きになっている。魔法使いは、太古のケルト民族の神官たちが行なっていた呪術(シャーマニズム)が原点であり、またハリー・ポッターの作中で重要な日として描かれているハロウィーンも古代ケルトの収穫祭・大晦日が起源となっている。
ハリー・ポッターに限らず、アーサー王伝説をはじめとして、数多くのファンタジー作品やゲーム作品でもケルト神話がベースになっているものが多く、ケルトの現世と異世界の境界が曖昧な世界観、死生観は今も大きな影響を与え続けている。



鶴岡真弓、辻井喬「ケルトの風に吹かれて―西欧の基層とやまとの出会い」(1994年)

美術をはじめ、ケルト文化研究の第一人者である鶴岡真弓氏と、日本の芸術文化振興を牽引した堤清二こと辻井喬による対談書。日本人とアイルランド・ケルトの自然信仰などの通底した思想を知るために最適な一冊で、ユーラシア大陸を挟んだ両地の根に脈々と流れる神秘的な共鳴する思想を浮き彫りにする。二人の対談を通じて、アート、文化、信仰、思想などを巻き込み、ケルトの渦巻きのようにあらゆるものが絡み合って広がっていく世界観を捉えた名著。



ウィリアム・トレヴァー「アイルランド・ストーリーズ」(2010年)

現代アイルランドを代表する作家、ウィリアム・トレヴァーの短編集。栩木伸明氏による編・訳で日本独自に出版されたベスト・セレクションなので、現代アイルランド文学、そしてウィリアム・トレヴァーを最初に読むならばこれをお勧めする。ベスト・セレクションとしてはこれの前に「聖母の贈り物」という本も出版されているが、こちらの方がよりアイルランドにフォーカスしてセレクト されている。市井の人々の何気ない日常を描いた作品が多いが、それだけに1960年代以降の現代のアイルランドがリアルに匂ってくるよう。アイルランドの独立戦争や宗教対立、南北紛争など、現代にまで影響している社会問題の影があるものの、非常に味わい深い短編ばかりである。