「シティの家では、しょっちゅうターラブが演奏されててね、家を抜け出して夜中に聴きに行ったよ。子どもだから怒られないように外でこっそり聴いていたんだ。歌以外にも立ち振る舞いや衣装なんかも彼女を見て覚えたね。いいかい、しっかりお聴き。シティ・ビンティ・サーディやその歌について、よく知っている人間はこの世にビ・キドゥデひとりだよ!アタシは10歳のときから歌ってるんだ!アタシの歌の魅力に最初に気づいてくれたのは、マリヤム・ハムダニという女性だった。ストーン・タウンのブワワニ・ホテルでスワヒリ・ナイトって催しがあって聴きにきてくれていたんだ。彼女の家でシティの曲を練習したね。彼女とその夫のムハメッド・イリヤスのお陰で、いろんな国に行くことができたんだよ。」
ムハメッド・イリヤスは、ビ・キドゥデが初めて来日したとき('91年)のバンドのリーダーで、マリヤム・ハムダニはその妻だ。
「シティの歌では『スフバ・ヤ・ダイ』が好きだね。サヒブ・エル・アリーでよく歌ったねえ。♪お願い、あなたは私の・・・・・・」
そのまま彼女は、「スフバ・ヤ・ダイ」(邦題:恋する者の嘆き)を2コーラスも歌ってくれた。話す声そのままの歌声。このあとも、曲名を話題に載せては、その曲をたっぷりと歌うことになる。歌いたくてしょうがない、といった感じだが、どの曲でも、歌詞の切れ目で「♪パラララララランラン」と旋律楽器が演奏するオブリガードを自ら歌っていた。このあたり、演歌をアカペラで歌うときに思わず入れてしまう、合いの手と同じ感覚だ。
かつて数多く存在した女性だけのターラブ楽団のひとつ、サヒブ・エル・アリーを、ドイツのレーベル、グローブスタイルが録音したことにより、ターラブ歌手、ビ・キドゥデも国際的に知られるようになった。始めての海外はドイツ、そして、フランス、日本、インド、フィンランドなどなど世界各地で熱狂的に迎えられ、公演を成功させたビ・キドゥデは、2005年、ワールド・ミュージックの見本市、WOMEXにおいて、ウォメックス・ワールド・ミュージック・アワードを受賞した。今年はドキュメンタリー映画も公開(日本公開は未定)されるなど、活躍の場をますます広げている。
ウニャゴ
ところでビ・キドゥデは、消滅の危機に瀕している成女儀礼「ウニャゴ」の重要な担い手でもある。初潮を迎えた女性に対して、将来結婚したのちの料理や洗濯などについて、また夫やその家族への振る舞い方、特に夫婦間のセックスの仕方について教育するという儀礼だ。事前に読んだいくつかの資料によると、男性がウニャゴを見ることは特にタブーとされており、秘密裏に、太鼓を打ち鳴らし、歌を歌い、ダンスを通して具体的な体位なども勉強する。ビ・キドゥデはこの儀礼を行うことのできる数少ない人物のひとりで、ムソンドと呼ばれる片面太鼓を演奏しながら、リード・シンガーも務める。
「ウニャゴは若いときからやっているね。トゥトゥとキンガンガという太鼓が刻むリズムの上で、アタシがムソンドでソロを入れて、歌を歌うんだ。この間も畑の向こうでやってきたばかり。」
ビ・キドゥデの新譜「ザンジバラ4ザンジバル音楽の記念碑」で「ムソンド」のタイトルで収録されている曲はウニャゴの録音であり、「鶏よ寝なさい、鶏よ寝なさい」といった隠喩に満ちた歌から、「髪が白くなっても、歯が抜けていても、あんたのお道具が生きてりゃ大丈夫!」といった直接的な歌まで聴くことができる。音楽祭のプレイベントにビ・キドゥデが出席した際も、あいさつがわりに軽くウニャゴの曲をステージで歌っていたし、彼女のドキュメンタリーにもウニャゴの模様が収録されている。仮にデモンストレーションだとしても、極秘であるはずの儀礼をこういった方法で公にすることに問題はないのだろうか?
「よくお聞き。ウニャゴにはね、3種類あるんだ。ひとつはアンタの言う秘密のウニャゴだ。もうひとつは結婚間近の花嫁と花婿を洗い清めるときのウニャゴ、男でも結婚するんだったら体験できるね。そして、外のウニャゴ。これは結婚式の余興でやるくらいだから、ショーの要素が強い。公にできるのは、この外のウニャゴなんだ。演奏も踊りも同じウニャゴだけど何も問題はないよ。」
反骨の女王
語りながら彼女は、タバコに火をつけおいしそうに吸い始めた。ビ・キドゥデはヘビー・スモーカーでビールを好む。イスラムの島・ザンジバルに住む女性としては驚くべきことだが、この嗜好自体が彼女の存在を象徴しているように思える。大人の言うことをものともしなかった子ども時代に始まる、体制に収まろうとしなかったその半生を。
この国では、タバコはばら売りにされ一本ずつ買うのが一般的だが、ホワイト・カラー御用達の高級銘柄「エンバシー」を一箱胸ポケットにしのばせているのは、彼女のささやかな贅沢だろう。
「アタシは酒を飲んで、タバコを吸って、スピーカーなしで歌うんだ」とは、ドキュメンタリー映画で発した名言だ。現地で行われたワールド・プレミアではこのセリフで満場の客が沸いた。
最後に、日本のファンへのメッセージを、と乞うと彼女は居住まいを正して少し考え、そして言った。
「前に日本に行ったときはまだまだ、ひよっこでした。けれども、この夏はみなさんに一人前のビ・キドゥデをご覧に入れましょう。お楽しみに。」
ザンジバルの通貨がシリングになる以前、ルピーだった時代まで覚えているというターラブ界の女王は、今日も現役最前線にいる。
(2007年2月 ザンジバル、ビ・キドゥデの自宅にて)