Taraf
de Haidouks
Neculae Neacsu(vocal, violin)
Ilie Iorga(vocal)
Cacurica Baicu(vocal, small cymbalum)
Pasalan Giuclea(vocal, violin)
Marin Manole(accordion, vocal)
Gheorghe Falcaru(flute)
Costica Lautaru(violin, vocal)
Caliu Gheorghe(violin)
Marius Manole(accordion)
Ionitsa Manole(accordion)
Viorel Vlad(contrabass)
Cristinel Turturica(big cymbalum)
ルーマニアの首都ブカレストの南東、クレジャニ村出身。1990年頃結成され、1991年にデビュー。メンバーは20〜70代からなる強腕12人編成。仏映画『ラッチョ・ドローム』に出演し、ヨーロッパで一気に注目を集める。その後ヨージヤマモトのパリ・コレクション('99年)、映画『耳に残るは君の歌声』に出演するなど、多方面で活躍。2001年の春には1ヶ月以上もの全米ツアー、5日間連続のロンドン公演を大成功させ、ジプシー最強バンドとしてその名を世界に轟かせる。2000年12月に行った初の地元ルーマニア公演の模様を収めた待望の最新作『バンド・オブ・ジプシーズ』(2001)をリリース。
2000年に初来日。2001年には「ジプシー・サマー」と銘打った全国ツアーを成功させた。
地理的に遠いこともあって、日本では東欧のことはそれほどよく知られていません。おまけに10数年前までは政治体制のちがいもありましたから、多くの日本人にとって東欧といえば、オリンピックでの体操選手の活躍、そんな時代が長く続いていました。
しかし1989年を境に起こった社会主義政権の崩壊以後、主に西欧のメディアを通してですが、東欧の文化が少しずつ紹介されるようになってきました。その中で特に多くの人の目や耳をとらえたのは音楽で、たとえばブルガリアの女性コーラスはいまでは世界中に多くのファンを獲得しています。
ついで最近注目度がどんどん高まってきているのが、ロマ(ジプシー)の音楽です。日本ではロマが身近な存在ではないため、過剰な幻想だけが一人歩きしている感がありますが、彼らはインド西部に起源を持つとされ、記録に残っているところでは15世紀以降にヨーロッパ各地に移り住んでいった人たちです。移り住んだ土地でロマが選んだ主要な仕事の一つが音楽でした。名前こそほとんど残っていませんが、ロマの音楽の素晴らしさは数多くの民話などに語り伝えられてきたとおりです。ヨーロッパではクラシックからポピュラー音楽までロマの音楽の影響を受けなかった地域はないと言っていいでしょう。
まえおきが長くなりましたが、ルーマニアの首都ブカレスト郊外のワラキア地方のクレジャニ村出身のタラフ・ドゥ・ハイドゥークスは、ヨーロッパに数多いロマのミュージシャンの中でも、この10年ばかりの間、最も大きなセンセーションを巻き起こしているグループです。
中・東欧に行くと、観光客向けのロマのバンドがヴァイオリン、アコーディオン、ベース、タンバル(ハンマー・ダルシマー、ツィンバロム)などを使ってレストランなどでよく演奏しています。タラフ・ドゥ・ハイドゥークスの楽器編成もそれと基本的には変わりません。しかし演奏は激しい嵐が通り過ぎるようとでもいえばいいでしょうか、とてつもなくワイルドでダイナミックでエッジがあって情感にあふれています。東西の文化の交差点のようなルーマニアの地理や社会を反映して、メロディやサウンドにはさまざまな要素が混ざり合っています。また、伝統曲から80年代末のチャウシェスク政権の崩壊をうたった「独裁者のバラード」まで、語り部としても時を越えた味わいを感じさせます。
クレジャニ村のロマの音楽は80年代に一度フランスのレーベルから民俗音楽のシリーズで学究的に紹介されたことがありますが、90年代にベルギーの会社がメンバーを再編してタラフ・ドゥ・ハイドゥークス名義でアルバムを発表してからポップ・ミュージックのファンにも広く知られるようになりました。これまでにアルバムがベスト盤を含めて5枚。トニー・ガトリフ監督の映画『ラッチョ・ドローム』への出演の他、クロノス・カルテットとの共演、パリ・コレクションへの出演、映画『耳に残るは君の歌声』への音楽参加など、活動範囲も年々広がってきています。彼らの衝撃的な演奏は日本でもきっと大きな驚きをもって迎えられることでしょう。
文:北中正和
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