カルロス・ヌニェス、東北・恋し浜を訪ねて
〜400 年の時を超えて繋がる、スペインと日本の絆〜

2013年9月8日、カルロス・ヌニェスが東北の三陸海岸に位置する恋し浜(小石浜) を訪れました。今年、2013年はスペインと日本の交流400周年にあたる年で、カルロスもスペインを代表し10月に記念コンサートを行ないます。今回そのプロモーションで来日したカルロスですが、滞在中にぜひ東北を訪れたいと希望していました。というのも、スペインと日本の交流そのもののきっかけ自体がこの三陸に事を発しており、またガリシアとも不思議な因縁を持つ土地だったからです。

【400周年の経緯〜大津波と交流の始まり】
1611年、2011年の東日本大震災のちょうど400年前にも三陸では慶長三陸津波とよばれる大規模な災害がありました。そのとき、たまたま三陸沖を視察していたスペイン人がいました。 その人物セバスティアン・ビスカイノは、このとき三陸の越喜来湾(今の大船渡市)で地元の村人達に非常に手厚い待遇を受けたと書き残しています。そしてビスカイノはスペインの造船技術を三陸にもたらし、2年後に完成したサン・ファン・バウティスタ号に乗ってスペインへ帰国することになります。その際、彼を送り届けると同時に、伊達藩主正宗候から外交の使命を受けたのがスペインに渡った最初の日本人と言われている支倉常長でした。彼とビスカイノの出航が1613年の10月、つまり今からちょうど400 年前のことでした。

【ガリシアと三陸〜ホタテが繋ぐ希望】
2011年、400年振りの大津波で東北が被災したとき、カルロスは誰よりも早く長文のメッセージを日本の友人達に送りました。重油タンカー事故の記憶がまだ新しいガリシアで、この災害はひとごととは思えなかった、とカルロスは言います。
そして今年6月、交流400周年を記念して日本の皇太子殿下がスペイン・ガリシアを訪問した際、カルロスが御前演奏を努め、日本とスペインの交流を強く印象づけました。カルロスが三陸の恋し浜という場所を知ったのは、このときでした。この式典に、ガリシアと同じ「リアス式海岸でホタテの養殖」が盛んだった恋し浜から、ホタテの貝殻が届けられたのです。

ガリシアにおいてホタテは特別な意味を持つ貝で、カトリック三大聖地のひとつであるサンティアーゴ巡礼のシンボルとして広く認知されています。恋し浜は被災後ホタテの養殖を再開しよ うと努力を続けていました。その想いが、貝殻とともにガリシアの地に届けられたのです。ガリシアでは、ホタテ貝は楽器としても使用されます。恋し浜の想いを受けて、カルロスと弟のシュルショは恋し浜の貝殻とガリシアの貝殻を合わせて音を鳴らしたのでした。

400年前の津波で自分達の先祖であるビスカイノが受けたもてなし、今回の津波でダメージを受けた被災地への思い、そして同じ海の住民としての共感・・・それらの想いを、今度は自分がガリシアのホタテ貝に込めて東北の人に届けたい!今回のカルロスの恋し浜訪問には、そんな想いがあったのです。

【カルロス、三陸・恋し浜へ〜時を超えて繋がる心】
恋し浜に向かう途中、気仙沼や陸前高田の津波による被災跡にその凄惨さを改めて実感したカルロス。海から1kmも離れた陸地にまで打ち上げられた漁船を前に、言葉を失います。陸前高田の一本松の近くでは、僅かに取れる海藻を商品として販売する地元の漁師さんに出会いました。

「僕には彼の言っていることはわからない。彼も僕の言っていることはわからな い。だけど、フィーリングは最初に会ったときからぴったりと同じだった」
一本松のように、一縷の希望を糧に地元で海と共に生きる道を選んだ漁師さんの力強さに心打たれたカルロスは、彼と固い抱擁を交わすとそう話し、おつまみ昆布をひとつ購入したのでした。

いよいよ恋し浜の地に降り立ったカルロスが最初に口にした言葉、それは「ガリシアを思い出す」でした。霧がかった山々と海、そしてリアス式海岸が見せる岬の景観は、ガリシアと瓜二つだとカルロスは言います。

恋し浜の駅には、絵馬代わりにホタテの貝殻に願いを書いて吊るしている小屋がありました。「これは絶対ガリシアでもやらなきゃ!なんて日本人はロマンティックなんだろう!」と興奮気味のカルロス。このスピリチュアルな考え方は実にケルト的だとのこと。カルロスも一枚の貝に、あるメロディを書き付けました。 そのメロディに込められたメッセージとは「恋し浜に、また陽は昇る」というも のでした。

ついに恋し浜の人々と対面したカルロスは、はるばるガリシアから持ってきた ホタテの貝殻をプレゼント。子供達はさっそく地元の貝殻と合わせて音を出して 遊び出し、漁師さんたちは形状や大きさの違いを見比べて興味津々。 カルロスは、そのホタテで一緒に演奏ができるよう、子供達に音の鳴らし方とリズムを教え、ガリシアのメロディを奏でました。さらに、ガリシアのメロディだ けに留まらず、童謡「海」や「カモメの水兵さん」をその場で教わり、一緒に演 奏。最後には「アンドロ」という曲に合わせてケルトのダンスを教え、みんなが輪になってカルロスを囲んで踊ったのでした。

演奏とホタテの貝殻のお返しに、漁師さん達は新鮮なホタテやイカを炭火で炙っ た御馳走をふるまってくれました。地酒と美味しい海の幸を囲んで、国境も言葉も超えて交流を深めていくカルロスと漁師さん達。漁師さんから、ビスカイノは日本滞在時に子供を作ったという言い伝えがあると聞かされると、カルロスは言いました。
「それは絶対に実話です。現に僕たちは兄弟ではないですか」

陽も暮れはじめ、お別れのときが来ました。
漁師さん達は、カルロスの乗る車が見えなくなるまでずっと手を振り続けてくれていました。

恋し浜では太陽は山側に沈んでいきます。そして、翌朝には大海原の向こうから陽がまた昇ります。「日本は陽の出づる場所で、ガリシアは陽の沈む場所」とカルロスが常々口にしているように、本当に遠くはなれたこのふたつの土地が深く深く繋がっているように思えます。

今回の訪問を通し、カルロスは時代も国境も言葉も超えて三陸の地とガリシアの地が結びついていると実感したそうです。
1613年10月、サン・ファン・バウティスタ号が出航してからちょうど400 年目にあたる来月、日本とスペインの交流記念コンサートが開催されます。 その公演を控えたカルロスにとって、この訪問はいろいろな意味で本当に大きな 意味を持つものとなりました。 コンサートで奏でられる音のひとつひとつには、間違いなくこの訪問で感じた「繋 がり」が宿り、よりいっそう人々の心に響き渡ることになるでしょう。


日本スペイン交流400周年記念
カルロス・ヌニェス特別公演 出演:オレカTX/P・リカルド・ミーニョ/ほか

10/12(土)すみだトリフォニーホール
10/13(日)所沢市民文化センターミューズ アークホール
10/14(月・祝)焼津文化会館


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